
米山寺文化財【小早川家菩提所】(広島県三原市観光)
毛利元就の三男として生まれ、三本の矢でも有名な小早川隆景の墓が現存するお寺が米山寺です。
国道2号線より、橋を渡り、米山寺までの狭い山道を2キロ程上がったところに、米山寺があります。(駐車場有り)
米山寺宝篋印塔は、米山寺から道を挟んで手前向かいにあります。
米山寺は、初代実平から17代隆景までの小早川氏歴代の墓など石造宝篋印塔20基が2列に整然と並びます。
これほど保存状態の良いものは珍しいといわれています。
一番左の後列、大型の塔が米山寺宝篋印塔です。
米山寺宝篋印塔は、1319年(元応元年)に造られた高さ223.4cmからなる供養塔で、鎌倉時代末期の秀作として、国の重要文化財に指定されています。
前列右端には、広島県史跡に指定されている149.1cmの小早川隆景の墓があります。
小早川隆景は、毛利元就の三男として生まれ、小早川家の養子に迎えられた後、兄弟で力をあわせ、中国地方の統一を成就させ、豊臣秀吉の五大老となりました。
また寺の宝庫には「絹本著色小早川隆景像一幅」(国の重要文化財)他、木造小早川隆景像、木造狛犬、木造行道面などが所蔵されてあります。
この隆景像は隆景が朝鮮半島に出兵して帰国した文禄3年(1594)京都大徳寺の塔頭、黄梅院の玉仲禅師が寿像に賛をしたもので、黒の袴を着けて座した衣冠の像です。
本尊: 華厳釈迦牟尼如来
もとは、天台宗寺院であり、小早川茂平が、嘉禎元(1235)年に境内に不断念仏堂を建立したことにより曹洞宗に改宗し、小早川家の菩提寺となりました。
米山寺(べいざんじ)文化財小早川家菩提所
TEL 0848-66-0693
宝篋印塔を見る:無料
(宝物を拝観する場合のみ大人300円 )
住所:広島県三原市沼田東町納所460
アクセス:JR三原駅よりバス バス停「三太刀」下車徒歩約30分
車)山陽自動車道「本郷IC」または、JR「三原駅」より約20分
国道2号線より、橋を渡り、米山寺までの狭い山道を2キロ程上がったところに、米山寺があります。(駐車場有り)
米山寺宝篋印塔は、米山寺から道を挟んで手前向かいにあります。
米山寺は、初代実平から17代隆景までの小早川氏歴代の墓など石造宝篋印塔20基が2列に整然と並びます。
これほど保存状態の良いものは珍しいといわれています。
一番左の後列、大型の塔が米山寺宝篋印塔です。
米山寺宝篋印塔は、1319年(元応元年)に造られた高さ223.4cmからなる供養塔で、鎌倉時代末期の秀作として、国の重要文化財に指定されています。
前列右端には、広島県史跡に指定されている149.1cmの小早川隆景の墓があります。
小早川隆景は、毛利元就の三男として生まれ、小早川家の養子に迎えられた後、兄弟で力をあわせ、中国地方の統一を成就させ、豊臣秀吉の五大老となりました。
また寺の宝庫には「絹本著色小早川隆景像一幅」(国の重要文化財)他、木造小早川隆景像、木造狛犬、木造行道面などが所蔵されてあります。
この隆景像は隆景が朝鮮半島に出兵して帰国した文禄3年(1594)京都大徳寺の塔頭、黄梅院の玉仲禅師が寿像に賛をしたもので、黒の袴を着けて座した衣冠の像です。
本尊: 華厳釈迦牟尼如来
もとは、天台宗寺院であり、小早川茂平が、嘉禎元(1235)年に境内に不断念仏堂を建立したことにより曹洞宗に改宗し、小早川家の菩提寺となりました。
米山寺(べいざんじ)文化財小早川家菩提所
TEL 0848-66-0693
宝篋印塔を見る:無料
(宝物を拝観する場合のみ大人300円 )
住所:広島県三原市沼田東町納所460
アクセス:JR三原駅よりバス バス停「三太刀」下車徒歩約30分
車)山陽自動車道「本郷IC」または、JR「三原駅」より約20分
投稿された内容の著作権はコメントの投稿者に帰属します。
スポンサードリンク

宿泊施設 観光情報を見る:





広島
観光名所・見所・風景
0.00 (投票数 0) 

コテージ梶ヶ浜

夕暮れの景色 ペンションノエルのお庭から・・・。